人気の背景 その1
こんにちは。今日は「8時だヨ!全員集合」のこと(^o^)ノ
「ワースト番組だ」「バカバカしい」「低俗だ」と非難され続けながら、これほど高視聴率を維持し、"お化け番組"の異名をほしいままにしてきた番組はほかにない。
テレビ史上まれに見るこの大ヒット番組が、昭和44年10月4日TBSに生まれた「8時だヨ!全員集合」です。
番組の生みの親、居作昌果プロデューサーは『これがドリフターズだ』という新著のなかで、次のようにのろけていました。
「『カラスの勝手でしょ』と志村けんが歌う声に、テレビの前で子供たちが声を合わせているのを見て、まゆをひそめていたパパやママたちもいるに違いない。
そんな親たちの中にも高校生ぐらいまで、『8時だヨ!全員集合』を見ながら育ってきた人たちが大勢いたはずだ。
もっとも、彼らが見ていたころは、加藤茶が中心で『1234、やったぜカトチャン』とか『ウンコチンコチン』『イタイのイタイのとんでけエ』『チョットだけヨ~』の時代であり
『なんだ、バカヤロー』は志村のとはニュアンスの違った、荒井注のセリフで『ジス・イズ・ア・ペン』とともに、なつかしく思い出される人たちもいるはずである」だが、こんな大当たりをとったのは翌45年からであり、1回目の視聴率は24%、同年10月第2週から連続7週40%を超えたとき、『TVガイド』誌は、「一種の異常事態だ」と書いたそうです。